公開セミナー
「和紙作りの現場から/アワガミファクトリー」
武蔵野美術大学
越智也実
企画のあらましと意図
今年度の公開セミナーは、12月7日(日)町田市立国際版画美術館アトリエにてアワガミファクトリーの工藤多美子氏をお迎えし「和紙作りの現場から」と題したレクチャーを開催した。このセミナーでは『素材』に焦点をあて、版画作品を制作する者には欠かすことの出来ない和紙という素材について、様々な角度からお話しいただいた。午前の部は和紙の原料や漉き方を含めた素材・製造現場のお話、午後の部はリチャード・セラを例にアワガミファクトリーの和紙を使用して制作をしている海外のアーティストの紹介や、アワガミファクトリーでおこなっているビジティングアーティスト事業についてのお話という二部構成でおこなった。
さて、我々日本人は水と同様、紙に囲まれて生活をしている。雑誌・新聞・トイレットペーパー・包装紙・封筒・はがき等…ざっと思いつくだけでも、いかに私たちが紙に囲まれて生活をしているかが分かる。日本の文化・社会・産業は紙なしでは語る事のできないほど密接な結 びつきがあり、特に「和紙」の持つその美しさや保存性 は海外からも高く注目をされている。今回お話しいただいた和紙には様々な産地があり、その土地の紙里や漉き場が日夜紙について製造・研究をしている。その中でも特に熱心に世界に通用する版画の素材としての和紙作りに力を入れているアワガミファクトリーにご協力いただき今回の企画を進めた。
和紙の素材・製造現場
午前の部では、スライドレクチャーと映像を交えアワガミファクトリーの和紙が出来上がるまでの行程を説明していただいた。一般的に和紙は、原料(楮・三椏・雁皮など)を刈り取る→原料を蒸し表皮をはぎ取る→ソーダ灰などアルカリ液による煮熟で繊維を柔らかくする→不純物(塵)を取りのぞく→ビーターで繊維を打解し細かくほぐす→簀桁で漉く→乾燥、という行程を経て出来上がる。また、紙漉きにも「流し漉き」と「溜め漉き」の2種類があり、それぞれ用途によって漉き方を変える。例えば、流し漉きで漉かれた和紙は薄くて丈夫なものが多いのに対し、溜め漉きの和紙は厚手で比較的大きなものを作る事が可能である。セミナーでは実際に楮・三椏・雁皮などの原料とそれを用いて出来上がった和紙の両方を見せていただいた。普段手に取っている和紙でも、原料を見るのははじめてだという参加者が多く大変貴重な機会であった。
和紙とアーティスト
午後の部では、午前に引き続きスライドレクチャーを使いアワガミファクトリー・阿波和紙伝統産業会館で取り組まれているビジティングアーティスト事業についてお話いただいた。この事業では阿波和紙の特性・魅力の啓蒙と継承を目的に、国内外のアーティストを受け入れて、作品制作の援助、共同制作、発表をおこなうというものである。そこで制作された作品は版画などの平面作品に限らず、彫刻やインスタレーションなど和紙の素材を活かした立体作品やインスタレーションも多く見受けられる。参加作家としては先述したロバート・クシュナー、日本人では現代美術家の栗林隆なども滞在しており、そこで作られた作品は今までにない和紙の新しい可能性を体現したもので大変興味深い内容であった。
ユーザーに合わせた和紙作り
また、9月に東京藝術大学で開催された「第2回国際木版画会議」での展示・研究の成果についても発表していただいた。葛飾北斎の『富嶽三十六景』より《神奈川沖浪裏》が刷られた数々の和紙は、「紙によって視覚的・感覚的な違いはあるのか?」という問いに対して制作されたものである。それらを見ると視覚的な違いはなかったが、刷り手がバレンに加える圧力や水分量が微妙に変化するということを教えていただいた。結びでは、生産者側としてユーザーの用途に合わせた和紙を開発していくこと、和紙の持つ特性・情報を開示していくことの重要性を感じたと強くおっしゃっていたのが印象的であった。
セミナーを終えて
スライドレクチャーにもあった山川町の高越山の風景。豊かな自然環境の中で育まれた和紙の漉き技術は、日本特有の美しく劣化のしづらい保存性の高い和紙を生み出してきた。今回のセミナーでは老若男女関係なく午前の部では20名、午後の部では15名の方々にご来場いただき、質問も飛び交う大盛況のセミナーとなった。このことからも、日常生活だけにはとどまらない和紙という素材の可能性について興味を持つ人が多くいることが窺い知れる。このセミナーによってアート界における和紙の在り方が見直されること、またこのセミナーが和紙とアーティストとの新しい“出会い”となることを願う。 最後に、今回のセミナーを担当してくださったアワガミファクトリーの工藤多美子氏、多大なご協力をいただいた町田市立国際版画美術館、ご担当の皆様に心より感謝申し上げます。