2017workshop01

<ワークショップ> 水彩絵具によるモノタイプの制作/講師:常田泰由

<ワークショップ>
水彩絵具によるモノタイプの制作
講師:常田泰由
(版画学会会員、東京造形大学、武蔵野美術大学非常勤講師)

開催日時:2017年6月17日(土)11:00〜13:00
会 場:九州産業大学 版画室

「第一回運営委員会・夏期総会」に合わせ、中学生、高校生、教員を対象としたワークショップが開催されました。
九州産業大学附属高校の生徒を中心に多数の参加があり、学校教材として最も普及している水彩絵具を使って、モノタイプ版画を制作しました。

2017workshop022017workshop01
01

研究報告 メディウムのはがし刷り技法-クラフトテープ版による凹版画制作について-

研究報告
メディウムのはがし刷り技法
-クラフトテープ版による凹版画制作について-

01

三瓶光夫

1999年 多摩美術大学絵画学科版画専攻卒業
2005〜06年 平成17年度文化庁新進芸術家国内研修制度国内研修員
2012年〜 日本版画協会会員

はじめに

 多摩美術大学版画科教授小作青史先生の提唱する「プレス機からの解放」として、リトグラフにおける設備を持たなくとも制作が可能になることによって、リトグラフをより身近なものとして誰もが楽しめる存在にしたいということから、リトプレス機から木版プレス機の代用、日本の伝統的技術であるバレンを使っての手刷り、さらには道具を使用しない足踏みによる刷りの実施。そして、足刷り、手刷りは30年以上前から始めた木を使ったリトグラフの普及に伴い、プレス機の無い小中学校でもリトグラフが制作出来るように提案された方法で、現在、ワークショップ等を通して広がりを見せております。そして、リトグラフだけではなく、銅版画(凹版)でもプレス機を使用せずに、版画が刷れないかと考案されたのがメディウムのはがし刷りです。銅版画は凹版であるため人間の圧力では刷り取れないということで、版画プレス機に頼らざるをえない現状があります。また、凹部が深く描版されたものは、その形状を刷り取るために版に加えるプレス機の圧力を高める必要がありますが、逆につめたインクが版の端から溢れ出してしまうという欠点があり、発想を転換して、押してダメなら引いてみるという考えのもと、メジュウムを用いて、つめたインクを接着して剥がし取るという技法の発想に至る経緯があります。

 この技法は、銅版画制作において版画プレス機を使わずに刷るという目的から出発しておりますので、銅版画の製版方法をもとに説明いたします。油性インクを凹部につめ、版面の余分なインクを拭き取る工程までは同様となります。その後、版面全体にメディウムを塗布、紙を貼り付け、乾燥後に版から紙を捲ると、メディウムにインクがくっ付いて刷り取れるという方法です。水分が含まれているメディウムが、油性インクと紙をどのようにして接着するのかを考えてみますと、まず、メディウムの水分は紙に染込み蒸発し、残った樹脂分により油性インクと紙を接着するという原理です。尚、版面にメディウムを塗布する際には、水溶性なので油性インクと混合する事はありません。また、版面を覆う油膜によって、メディウムと版材(銅版)が接着されることはありません。
(会報誌 大学版画学会 第34号より―)

自宅で凹版画制作が出来る
メディウムのはがし刷り技法

メディウム
 メディウムとは、美術用語では媒材と訳されている通り、ものとものとを繋ぐ成分です(絵の具の固着、及び顔料同士を結びつける溶剤)。この技法で使用するメディウムは、アクリル樹脂エマルジョンを主成分とした接着剤である、アクリルジェルメディウムです。

02アクリル樹脂エマルジョンは、乳白色の水溶液である液体状のものですが、ジェルメディウムは高い粘性を持つ、流動性の低い(水分が少ない)固体状で、いずれも乾燥後は透明な耐水性の塗膜となります。主な用途は、水溶性で乾燥が早く耐水性となる性質から、アクリル絵具の媒材として含まれています。また、接着力の強さを利用して紙や布、木材等を張り込んだコラージュ作品の接着剤としても使用されています。この他、乾燥後には光沢性のものや艶無性のもの、樹脂濃度には高粘度、低粘度のもの、速乾性のもの等、用途に応じて豊富な種類が販売されています。メーカーによる多少の違いはありますが基本的にはいずれも使用可能です。

クラフトテープ
 粘着テープの多くは、製造時に巻いた時点でテープが互いにくっ付かないように、剥離剤としてシリコーン樹脂等でラミネート加工が施されており、表面は滑らかで光沢があり水や油を弾きます。それ故、水性、油性絵具はいずれでも描くことは難しいですが、塗り重ねることにより定着はしませんが、盛ることは可能です。
03また、テープの幅ですが、粘着テープの製造は紙またはフィルムに粘着剤等を塗布し、乾燥後 4 m幅程のロールに巻き取ることで出来上がります。因って、市販されているものでは 5 cm幅程のものが代表的であるように、必要なサイズに裁断されているのです。尚、以下の専門店では、幅の広い粘着テープが入手可能です。

ボール紙
04 ボール紙とは木材パルプ(白ボール)や藁パルプ(黄ボール)で作られた板紙です。ボール紙の厚さは、水、また水溶性の樹脂、絵具を使用しての作業ですので、版の裏面からしみ込み付着することで薄いボール紙は撓んで作業がしづらくなりますので、1.5mm程度の厚めのものが良いでしょう。

ボールペン
05 ボールの直径には種類がありますが、0.7~1.6mm程では、太く、大胆で勢いのある線、0.25~0.5mm程では、繊細で緻密な線を表現することが出来ます。さらに、筆記角度を変えることでも、線種に幅を持たせることが出来ます。また、叩いて凹ます点描も可能ですので、組み合わせることで、より複雑な効果が得られます。
※ボール径の例 0.25 0.3 0.4 0.5 0.7 1.0 1.6mm等

ローラーバケ(短毛タイプ)
 メディウムを塗布する道具として、主に建材用である壁紙やコンクリート等の凹凸のある面の塗装に用いるローラーバケを利用します。ローラーの幅や直径にはいくつかの種類があり、メーカーによって多少の違いがありますが、版サイズがA4程度のものでしたら、15cm前後の幅のもので、直径は1.5mm程度のものが良いでしょう。

06 基本的には狭い面でしたら、幅が短く径の細いもの、広い面でしたら幅が長く径の太いものを選ぶと効率よく作業できます。また、ローラーの毛の長さにも種類があり、長さが2cm以上ある長毛タイプは、凹凸の激しい面に適しており、一般的で万能なものが中毛タイプ、長さが5mm程度の短毛タイプは仕上げ塗装用です。2mm厚程度のボール紙を使った凹版なので、短毛タイプが良いです。ローラーバケは横に引き抜くと、ハンドルとローラーに分かれますので、ハンドル、ローラーだけでの単品としても販売されており、いずれもホームセンターで購入できます。尚、スポンジのローラーはメディウムに巻き付けると吸い込んでしまい、スポンジの表面に留めて置く事が難しいため使用出来ません。また、使用後は、直ぐに水洗いして下さい。

株式会社 三木盛進堂
〒616-8104  京都府京都市右京区太秦下刑部町14-25
TEL:075-881-5015 FAX:075-861-6460
※ネット販売店舗連絡先
http://item.rakuten.co.jp/seishindo/c/0000000164/

制作方法

1. 版作り(A4 サイズを使用)
ボール紙には厚みがあるため、側面にも貼る必要があります。因って、ボール紙のサイズよりもひと回り大きくカットしたクラフトテープに貼り合わせ、折り込みながら側面を巻き込むように貼り付けます。
07-1 07-2 07-3 07-4 07-5

2. 描画
 原画をトレースしカーボン紙で転写することが出来ます。また、版面に付いたカーボンは布等で簡単にふき取ることが出来ますが、あくまでも原画の目安として使用して下さい。ボールペンの先で版のボール紙を凹ますように描きます。凹みの深さは爪先が引っかかる程度が良いのですが、力を入れすぎて版面のクラフトテープを破いてはいけません。版の裏に布等のクッション材を敷くことにより、弱い力でも十分に凹ますことが出来ます。尚、ボール径の小さいものほど版面を傷つけやすいので、弱い力で版を凹ますことがポイントです。
07-6 07-7 07-8 07-9 07-10

3. 刷り
 描画完成後、版として用いたボール紙にクラフトテープを巻いた板を練台として、アクリル絵具をのせます。尚、アクリル絵具は水で薄めないで下さい。水分を含むことにより、クラフトテープの表面加工の特性上、弾きやすくなることで上手く塗布することが出来ません。また、アクリルガッシュは樹脂分が少ないため、この技法には適しておりません。

07-11 07-12 07-13

 次に、ゴム板や樹脂板、もしくは、ボール紙の切端を用意し、10cm角程度に裁断したものをスクィジーとして使用します(1.5mm~ 3 mm厚程度のものが良い)。スクィジーに絵具を付け(写真:前頁右下)、傾けて縦、横方向から版の凹んだところに絵具が付いているのを確認しながら、版面全体に一気に塗布し、絵具を落としたスクィジーで余分な絵具を擦り取って下さい。尚、アクリル絵具は乾燥が早いので素早く行います。その後、絵具を乾燥させます。ドライヤー(温、冷いずれでも可)で10秒程度、自然乾燥では 1分程度です。凹んだ部分以外にのった絵具は、水の含んだスポンジで版面全体を湿らし、絵具と版面の隙間に水を浸透させ、雑誌でふき上げることで、取り除くことが出来ます。但し、クラフトテープの表面上では、絵具は固化しているだけで定着はしておりませんので、力の入れ過ぎやスポンジに含まれる水分が多過ぎると、凹みにつめた絵具も取れてしまいます。従って、加減が必要となる作業ですが、つめた絵具が拭取れてしまった場合は、再度、「3.刷り」の工程を繰返して見るのが良いでしょう。スポンジは吸水性、保持性(水分を適度に保持し、流れ落ちることが少ない)の良いセルロースのスポンジを使用。また、ふき上げる際の雑誌は、少年誌の紙の質感が平滑で適度な荒さがあり調度良いです。尚、乾燥後には版の側面に付いた絵具を爪先で削いで下さい。

08-1 08-2 08-3 08-4 08-5 08-6 08-7 08-8

 応用技法として、凹部につめた絵具に対して、違う色の薄めた絵具を凸部(版面全体)にスポンジで塗布することで、版の形状(凹凸)を利用した、1 版2 色の表現が出来ます。さらに、乾燥後に絵具が定着しないクラフトテープの特性を利用して、付けた絵具をボールペンの先で削ったり、湿したティッシュペーパーや布で簡単にふき取れる白抜きの表現を加えることで、1 版 3 色刷り(凹+凸+白抜き)も可能です。

4. メディウム塗布
 版として用いたボール紙にクラフトテープを巻いた板を用意し、練台として使用します。尚、水で薄めたメディウムや湿っているローラーバケは使用しないで下さい。水分を含むことにより、クラフトテープの表面加工の特性上、弾きやすくなり、上手く塗布することが出来ません。

08-9 08-10 08-11 08-12 08-13 08-14 08-15

 メディウムの盛り方ですが、作業中に乾燥して徐々に固化しますので、少量のメディウムを徐々に版面に塗り重ねることは難しいです。版面全体をムラ無く均等に盛る方法として、版画のベタ版刷りのローラーテクニックを応用します。ローラーを大きく動かしながら、実際に必要な量の2割増し程のメディウムを均一に巻きます。但し、多過ぎると版面上でローラーが滑ってしまい、盛ることが出来ません。凹部に付いているのを確認しながら、版面全体に、縦、横、斜方向と、一挙に転がします。多めに盛ったことで、メディウムの表面が微妙な凹凸になりますので、その後、ローラーのメディウムの量を少しずつ落としながら巻き取ることで、表面にムラの無い均等な塗りが出来ます。尚、版面にローラーを転がす際には力を入れないで下さい。つめた絵具が巻き取れることがあります。また、全体に塗布したら、乾燥する前に版の側面に巻き付いたメジュウムを、水を含ませた布等で拭います。

08-16 08-17 08-18 08-19 08-20 08-21

5. 着彩
 メディウムを乾燥させます(ドライヤー(冷風)で 1 分程度、自然乾燥では10分程度)。乾燥するとメディウムが透明になり画線が見えますので、筆、布等を使ってアクリル絵具で着彩します。

 尚、この技法においては、樹脂分の少ないアクリルガッシュ、乾燥後に耐水性を持たない水彩絵具は使用出来ません。また、筆等で強く擦り付けると、メディウムの皮膜が破れてしまいます。尚、着彩時に版の側面に付いた絵具は、乾燥する前に水を含ませた布等で拭って下さい。

08-25 08-26 08-27 08-28 08-29

 着彩後は、指先で版面に触れて、絵具が付かないことを確認します。但し、絵具を厚塗りすると、表面だけが乾いていることがありますので、完全に乾燥させてから、次の工程に進んで下さい。

6. 版に紙を貼る
 紙を用意します。ここでは版画の刷りの工程とは異なり、「貼る」作業ですので、版画専用紙である必要はありません。まずは身近なところで購入できる画用紙等でも良いでしょう。また、メディウムの中の水分は紙に染込み、紙の表面に樹脂分が残り、版に塗布されたメディウムと結合することで接着出来るのですが、例えば、木材との接着の場合は紙と違い、水の染込みが遅いのですが接着出来ることから、一方が紙や木材のように吸水性のあるものでしたら接着できます。但し、プラスチック、金属板等の浸透性の無い素材は水分の抜け場所が無いので何時までも渇かないということがあります。また、紙であれば湿さないで下さい。接着効力が失われる場合があります。

09-01 09-02 09-03 09-04 09-05 09-06 09-07 09-08

 まず、紙の中心に版を置く見当として、貼る紙と同様の大きさの板(新聞紙、画用紙、ボール紙等)を用意します。4.の作業工程同様、アクリルメディウムをローラーバケで版面全体に塗布します。乾燥する前に版の側面に巻き付いたメジュウムを、水を含ませた布等で拭います。予め、用意した板の中心に版を置き、板の一辺の端々に紙を合わせてから版面をゆっくりと覆います。塗布したメディウムが乾くと紙と接着出来ませんので、この工程は素早く行って下さい。版と紙を均等に接着するために、紙の裏全面を 1 分程度、手の平で擦って圧着します。例えば、薄い紙等の場合は水分の浸透により、紙の表面から湿り気が感じ取れますので、その後、紙の湿り気が無くなるまで乾燥させます。乾燥時間ですが、吸水性が多い支持体で塗布量が少ない場合では、温度が高く風通しの良いところでは固化が早く、また、冬季は乾燥していることから、メディウム塗布から紙に対しての接着可能時間が短くなることで、素早く行う必要があります。尚、圧着後の乾燥時間の目安は、ドライヤー(温風)で 1 分程度。自然乾燥で10分程度。

09-09 09-10 09-11 09-12

 応用技法として、メディウムの高い透明性を利用して、アクリル絵具を混合することで色彩を持つメディウムを作ることが出来ます。絵画的に徐々に着色し構築された版面に塗布することは、色紙、または版画技法でのベタ版を刷りとった紙に貼るようなものであり、より複雑な色合いと、色彩のイメージに変化を齎します。

7. はがす
 乾燥後、版の端から紙に接着されているのを確認しながら徐々にゆっくり捲って剥がします。紙を無理に引っ張ると、メディウムとの接着に、余計な方向に力が掛かることでメディウム同士の接着力が勝り、紙に接着されないまま剥がれることがあります。余計な方向への力を掛けない方法の一つとして、例えば、紙の端を中心にして、版サイズよりも大きく重さのある筒をあてがい(右図では、クラフトテープを利用しています)、紙を巻き込むように捲ると、紙に掛かる引く力が版面に対して均等になることで、スムーズに剥がすことが出来ます。また、版と紙の貼り合わせにおいて、メディウムが乾燥してうまく接着出来ない場合は、熱可塑性(加熱によって軟化し、成形出来るようになり、それを冷却すれば固化する)であるアクリル樹脂の性質を活かし、紙の裏からアイロンで熱を加えることで、樹脂が柔らかくなり粘着力が戻ります。メーカーや種類によって多少の違いがありますが、基本的には耐熱温度は50~60度となっていることから、それ以上の温度になることでアクリル樹脂は変形が始まります。アイロンの温度は一般的には最低温度が80度、最高温度が210度程ですので、設定温度は高い温度の160~180度位が効果的です。また、アイロンの掛け方は、版全面に2回~3回繰り返し、均等に熱と力が加わるようにして下さい。尚、スチームは必要ありません。

10-01 10-02 10-03 10-04 10-05 10-06

8. 作業後の版と作品の保存
 紙を剥がした(刷り上げた)版には、クラフトテープの表面加工の特性上、アクリル絵具、ジェルメディウムを定着させないことから版の清掃は必要ありませんので、そのまま刷りを続けることが出来ます。また、ボールペンで加筆することも可能です。

 作品の保存方法ですが、熱可塑性の性質を持つアクリル樹脂は、気温が上昇する夏季には注意が必要となります。刷り上げた作品の表面のタック(べとつき)が強くなることから、密着性の良い薄紙やプラスチックフィルム(ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン、アクリル等の熱可塑性樹脂)を合紙、または包装用として使用しないで下さい。くっ付いて取れなくなることがあります。特に、ジェルメディウムの高粘度のものを使用した際には、作品同士を重ねずに保管する工夫が必要となります。例えば、密着面積が少ない目の粗い紙を合紙に用いると良いでしょう。

おわりに

 この技法は10年程前に、小作青史氏のもと、文化庁国内研修員としてご指導を受けました。その後、体験講座(作家、一般の方、美術教員、学生等)を実施し、大勢の方々に受講していただいた資料・情報をもとに改善を施し、安定した技法として紹介するまでに至りますが、未だ、複数の課題を含めており、今後も研究の発展に取り組んでまいりたいと考えております。また、記述の誤りや疑問等、ご意見をお寄せいただければ幸いです。是非、初めての方から版画経験者まで、本書をガイドにしてメディウムのはがし刷りを体験していただければと思います。

■参考文献

「OZAKUの版画 小作青史-技法の変遷」多摩美術大学版画研究室 制作 / 多摩美術大学 2006
「おもしろい接着剤のはなし」本山卓彦 著 / 日刊工業新聞社 1989
「ホルベインアクリラ」カタログ / ホルベイン工業株式会社

44-1

公開セミナー「和紙作りの現場から/アワガミファクトリー」

公開セミナー
「和紙作りの現場から/アワガミファクトリー」

44-1

武蔵野美術大学
越智也実

企画のあらましと意図

 今年度の公開セミナーは、12月7日(日)町田市立国際版画美術館アトリエにてアワガミファクトリーの工藤多美子氏をお迎えし「和紙作りの現場から」と題したレクチャーを開催した。このセミナーでは『素材』に焦点をあて、版画作品を制作する者には欠かすことの出来ない和紙という素材について、様々な角度からお話しいただいた。午前の部は和紙の原料や漉き方を含めた素材・製造現場のお話、午後の部はリチャード・セラを例にアワガミファクトリーの和紙を使用して制作をしている海外のアーティストの紹介や、アワガミファクトリーでおこなっているビジティングアーティスト事業についてのお話という二部構成でおこなった。

 さて、我々日本人は水と同様、紙に囲まれて生活をしている。雑誌・新聞・トイレットペーパー・包装紙・封筒・はがき等…ざっと思いつくだけでも、いかに私たちが紙に囲まれて生活をしているかが分かる。日本の文化・社会・産業は紙なしでは語る事のできないほど密接な結 びつきがあり、特に「和紙」の持つその美しさや保存性 は海外からも高く注目をされている。今回お話しいただいた和紙には様々な産地があり、その土地の紙里や漉き場が日夜紙について製造・研究をしている。その中でも特に熱心に世界に通用する版画の素材としての和紙作りに力を入れているアワガミファクトリーにご協力いただき今回の企画を進めた。

和紙の素材・製造現場

 午前の部では、スライドレクチャーと映像を交えアワガミファクトリーの和紙が出来上がるまでの行程を説明していただいた。一般的に和紙は、原料(楮・三椏・雁皮など)を刈り取る→原料を蒸し表皮をはぎ取る→ソーダ灰などアルカリ液による煮熟で繊維を柔らかくする→不純物(塵)を取りのぞく→ビーターで繊維を打解し細かくほぐす→簀桁で漉く→乾燥、という行程を経て出来上がる。また、紙漉きにも「流し漉き」と「溜め漉き」の2種類があり、それぞれ用途によって漉き方を変える。例えば、流し漉きで漉かれた和紙は薄くて丈夫なものが多いのに対し、溜め漉きの和紙は厚手で比較的大きなものを作る事が可能である。セミナーでは実際に楮・三椏・雁皮などの原料とそれを用いて出来上がった和紙の両方を見せていただいた。普段手に取っている和紙でも、原料を見るのははじめてだという参加者が多く大変貴重な機会であった。

44-2 44-3

和紙とアーティスト

 午後の部では、午前に引き続きスライドレクチャーを使いアワガミファクトリー・阿波和紙伝統産業会館で取り組まれているビジティングアーティスト事業についてお話いただいた。この事業では阿波和紙の特性・魅力の啓蒙と継承を目的に、国内外のアーティストを受け入れて、作品制作の援助、共同制作、発表をおこなうというものである。そこで制作された作品は版画などの平面作品に限らず、彫刻やインスタレーションなど和紙の素材を活かした立体作品やインスタレーションも多く見受けられる。参加作家としては先述したロバート・クシュナー、日本人では現代美術家の栗林隆なども滞在しており、そこで作られた作品は今までにない和紙の新しい可能性を体現したもので大変興味深い内容であった。

44-4 44-5

ユーザーに合わせた和紙作り

 また、9月に東京藝術大学で開催された「第2回国際木版画会議」での展示・研究の成果についても発表していただいた。葛飾北斎の『富嶽三十六景』より《神奈川沖浪裏》が刷られた数々の和紙は、「紙によって視覚的・感覚的な違いはあるのか?」という問いに対して制作されたものである。それらを見ると視覚的な違いはなかったが、刷り手がバレンに加える圧力や水分量が微妙に変化するということを教えていただいた。結びでは、生産者側としてユーザーの用途に合わせた和紙を開発していくこと、和紙の持つ特性・情報を開示していくことの重要性を感じたと強くおっしゃっていたのが印象的であった。44-6

セミナーを終えて

 スライドレクチャーにもあった山川町の高越山の風景。豊かな自然環境の中で育まれた和紙の漉き技術は、日本特有の美しく劣化のしづらい保存性の高い和紙を生み出してきた。今回のセミナーでは老若男女関係なく午前の部では20名、午後の部では15名の方々にご来場いただき、質問も飛び交う大盛況のセミナーとなった。このことからも、日常生活だけにはとどまらない和紙という素材の可能性について興味を持つ人が多くいることが窺い知れる。このセミナーによってアート界における和紙の在り方が見直されること、またこのセミナーが和紙とアーティストとの新しい“出会い”となることを願う。  最後に、今回のセミナーを担当してくださったアワガミファクトリーの工藤多美子氏、多大なご協力をいただいた町田市立国際版画美術館、ご担当の皆様に心より感謝申し上げます。